こういうタイプの映画は、自分だったらどうするか、どうなるか、をどうしても問いかけてくる。そして自分で予想した結論に対し、現実になった時本当にそうできるか、そうなれるか、と続く。映画の内容があまりにも身近で、「映画」として見れない瞬間もあった。皮肉っぽく言えば、豊かな暮らしや、夫発病以降に妻が外に仕事を求めるなど、自分とは違いすぎる部分に映画なのだと納得したり。
ともかく、現役バリバリのその時に壊れていく自分を認めなくてはならないのは残酷としか言いようがない。ずっと側にいると言う妻の、その一言、その気持ちが何よりの支えであったろう。当たり前の事が判らなくなる毎日、一瞬の記憶の隙間に妻を傷つけた事を知る時、やはり生きていくのが辛くなるだろう。妻の顔も判らなくなった時、苦しむ事も忘れてしまい、それ故妻は彼と共に穏やかに山々を眺める暮らしに微笑みさえ持てるようになる。現実が本当にこのようであればと、同病の人の人生を思う作品であった。
(錦糸町 楽天地)
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